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東京地方裁判所 昭和59年(ヒ)107号 決定 1984年9月07日

申請人 甲野太郎

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 高島謙一

同 桑田勝利

被申請人 大日本精糖株式会社

清算人 中島和朗

右代理人弁護士 梶谷玄

同 梶谷剛

同 岡崎洋

同 田邊雅延

同 稲瀬道和

同 岡正晶

同 士岐敦司

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

理由

一  申請の要旨

1  被申請人会社は、昭和二五年四月七日に設立された製糖事業を目的とする発行済株式総数七九二〇万株の株式会社であり、申請人らは合計で右発行済株式総数の一〇分の一以上に該る一一、〇八七、八八九株を保有する株主である。

2  被申請人会社は、昭和五三年以降大株主、大債権者である三菱商事(株)から砂糖部長らが被申請人会社の代表取締役等として送り込まれ、その派遣役員によって経営されてきた会社であるが、昭和五九年三月二二日の臨時株主総会において、大株主三菱商事(株)の意向に沿って解散決議がなされ解散し、清算手続中である。

3  ところで、被申請人会社のそれまでの過程における資産処分は、すべて三菱商事(株)の企業戦略のもと、右派遣役員が三菱商事(株)の立場にたって、或いは三菱商事(株)と相謀ってなしたものであり、取締役として会社のため利益を追及すべき義務を怠って、営業体として処分すべきを個々の資産に分解して処分し、或いは忠実義務に反し営業体の全てを意図的に三菱商事(株)の掌中に収めさせた疑いがある。すなわち

(一)  昭和五七年三月末日をもって堺工場を閉鎖し、同年七月二六日に同工場敷地・建物を三宝伸銅工業(株)に資産売却の方法で売却処分したが、取締役は会社利益のため高額に売却できるよう営業体として営業譲渡方式によるべきであった。

(二)  同年七月一五日に、三菱商事(株)と被申請人会社の半額ずつ出資の合弁会社である西日本製糖(株)に対し、門司工場の土地建物機械装置及び従業員を資産処分の方法で譲渡したが、これも被申請人会社の営業の重要な一部を組成していたから、営業体として売却すべきであり、従って商法二四五条一項の手続を経るべきであるにかかわらず、これを怠ったばかりか、その資産の評価方法も、三菱グループの一員で三菱商事(株)の意のままとなる三菱地所(株)の評価にのみ依拠して低廉に処分し、その後の被申請人会社の解散によって、結局、被申請人会社中の最大工場である門司工場を、三菱商事(株)の一〇〇%子会社となった西日本精糖(株)の掌握するところとならしめた。

(三)  神奈川県高座郡寒川町一之六〇所在の土地建物の処分方法及び売却価格も不当であり、低廉譲渡の疑いがある。

4  被申請人会社は、昭和五九年三月一日三菱商事(株)の全額出資の子会社であるニットー株式会社に営業を全部譲渡し、ニットー(株)は被申請人が前記解散決議をすると同時に、社名を被申請人と同一商号に変更して営業を開始してたが、右営業譲渡の価額については、以下に述べるような低廉評価の疑いがある。

(一)  北九州市門司区所在の宅地地上権については、その評価は前記の三菱地所(株)のみの鑑定によっているほか、当該地域が準工場地域であるのに工業専用地域として低廉評価(申請人の見積評価と比較すると七一、四六〇、〇〇〇円の差がでる。)している。

(二)  堺市神南辺町所在の宅地についても、右同様三菱地所(株)のみの鑑定によっており、申請人の見積評価と比較し一八一、二六〇、〇〇〇円低く評価をしている。

(三)  又石垣島製糖(株)の株式については、申請人の資料によれば、含み益は一、九一九、七九二、六〇〇円と計上すべきであるのに、根拠薄弱な資料のもとに一八五、〇九〇、六〇〇円と低廉評価している。又被申請人会社の資料によっても含み益は四三八、六一七、一四三円であるはずなのに、評価差益から未だ具体的利益も生じていないのに税額分五七・八パーセントを控除する不条理不合理な算定を行っている。仮りに、税額分を控除するとしても、処分益は将来具体的に発生した時点でとらえるべきであるから、その間の中間利息を控除すべきである。

(四)  右同様、(株)ナカトラ、鳳氷糖(株)の株式評価も低廉である。

(五)  さらに右営業譲渡において、営業権の価値が全く算入されていない。解散直前において被申請人会社は、貸借対照表上債務超過であっても、一株三八円ないし七〇円の株価が形成されてきていた。それが形成されるゆえんは実質営業権にほかならず、金五五億三〇〇〇万円を計上し売却すべきであった。

よって、被申請人会社の業務執行に関しては商法二四五条、二五四条ノ三、二六六条等の法令に違反した重大な事実があるので、申請人は商法二九四条に基づいて検査役の選任を求める。

二  当裁判所の判断

1  《証拠省略》によれば、同2の事実がそれぞれ認められる。

2  申請の要旨3の主張につき検討する。

(一)  《証拠省略》によれば、被申請人会社は構造不況業種ともいうべき精糖会社であるところ、昭和五〇年以降の急激な市況の低迷や従来から輸入契約のあった割高な豪州糖の引取により、長年損失を計上し、昭和五六年九月期には累積未処理損失が一〇四億余円にも達し、三菱商事(株)からの借入により急場を凌いできていたが、債権者三菱商事(株)からの借入金の金利免除も限界に達し、いずれ人員の削減や生産規模の縮少による合理化は必至の状況にあった。しかして合理化計画の当初は、堺工場については、関連子会社を新設のうえこれに営業を譲渡する方針もあったが、その後の一層大巾な市況需要の後退と昭和五七年には原糖の価格調整法ともいえる売り戻し特例法の期限切れのため、さらに生産調整(縮少)をせまられ、右計画を中止し、同年七月二六日系列外の三宝伸銅工業(株)へ堺工場の敷地、建物を売却し、経営合理化の一助としたことが認められる。以上の事実からすれば、被申請人会社の経営環境は相当程度厳しく、このような状況のもとにあって被申請人会社が堺工場を資産売却の方法で譲渡するか営業譲渡の方法によるかは高度の経営判断の問題であり、法令違反を問うべき筋合ではないと解すべきである。

(二)  《証拠省略》によれば、被申請人会社は右認定のような経営環境のもとにおいて、門司工場をも合理化の対象とし、新たに西日本製糖(株)を設立したうえ、これに門司工場の土地・建物・機械装置等を売却したことが認められるところ、これは現業部門の各個の営業用資産の譲渡であって、組織化された機能的財産としての営業の譲渡ではないから、商法二四五条一項の手続を踏む必要はない。

(三)  《証拠省略》によれば、堺工場、門司工場及び寒川町の各物件に関する価格の算定については、専門家たる三菱地所(株)の鑑定評価を求め、おおむねこれに依拠してなされており、被申請人と三菱地所(株)の間に特段の癒着があるならば格別、そのような証拠もない以上、鑑定者が三菱グループの一員であるとの一事をもって、ただちに法令違反とはいえないし、右鑑定結果を覆えすに足る証拠の提出もない。

3(一)  申請の要旨4の冒頭の事実は、《証拠省略》によって認められる。そこで、同(一)、(二)の主張につき検討するに、前記の如く取締役が処分価格を決定するにつき、専門家の鑑定結果に依拠することは、他に特段の事情のない以上、一応善管注意義務を尽したといえると解されるところ、《証拠省略》によれば、右(一)(二)の門司地区及び堺市神南辺町所在不動産の処分価格の決定については、三菱地所(株)作成の鑑定書に基づいてなされたことが認められ、これにつき他に特段法令違反の事情は窺われない。

尤も、《証拠省略》に照らすと、右鑑定は、申請人ら指摘のとおり、(一)の門司地区の土地については、準工場地域を工業専用地域と誤り、価格算定していることが認められるが、右地域の実体から判断して、取締役が右誤りのある鑑定を盲信したことをもって直ちに善管注意義務ないし忠実義務違反に当るといえるほどのものではない。

(二)  同(三)の主張につき検討するに、《証拠省略》によれば、被申請人会社の取締役は、石垣島製糖(株)の株式価格の算定をなすにつき、専門家である公認会計士及び不動産鑑定士の評価に依拠したことが認められる。ところで、右株式の価格算定にあたっては、石垣島所在の宅地や農地の含み益を適切に反映したうえでの純資産価格方式が採用されるべきであったと考えられるところ、被申請人会社が依拠した不動産鑑定士の作成にかかる乙第七号証の調査報告書(及び事後に作成された《証拠省略》の鑑定評価書)と申請人らが本件事件を契機に不動産鑑定士に依頼して作成提出した《証拠省略》の鑑定評価書を対比すると、右両証拠は、鑑定結果において余りに差が大きく、その原因を検討すれば、重要な土地部分が農家村落宅地地域にあり、これを農地地域にとらえるべきか、石垣島市街地に連係した土地にとらえるべきかの差にあることが認められる。これは微妙な判断をせまられる専門的見識の世界であって、被申請人会社の取締役が乙第七号証のみに依拠して判断したからといってただちに法令違反となる事実があるとはいえない。

その他純資産価格方式が清算を前提とする以上、清算所得にかかる法人税等を控除するのは当然であって、中間利息を控除する理由もなく、申請人の主張は独自のものであり、採用できない。

同(四)の主張については、これを裏付ける証拠はない。

同(五)の主張についても、前記の如く、被申請人会社は長年の累積赤字をかかえる欠損会社であって、申請人ら主張の株価は、企業の実体を反映したものとはいえず、かつ超過収益力の算定も不可能である以上、営業権を付加算定しなかったからといって違法とはいえない。

4  以上によれば、被申請人会社の業務行為に法令違反又は不正行為があったと認めるに足りない。

よって、本件申請は理由がないからこれを失当として却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 生田治郎 竹中邦夫)

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